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よこすかぶらり散歩道(東浦賀町編)
- 2006/11/07(Tue) -
家から程近い距離にある東浦賀町。歴史情緒のあるこの街をぶらりと歩いてみました。
(お断り:実際に歩いたのは昨年の8月です。古くてスミマセン…(^^)ゞ)

DSC00733A.jpg

まず最初は東耀稲荷神社へ。案内板によると、創建は天明2年(1782年)。
名前の由来は、隣接する東耀山顕正寺の山号から取ったものだそうです。
また、「屋根には恵比寿と大黒天の飾り瓦がのり、干鰯(ほしか)で栄えた東浦賀の
繁栄ぶりを今に偲ばせてくれます」とあります。今は静かな街並みですが、かつては
干鰯問屋が軒を連ね、賑やかな街であったことでしょう。
(干鰯とは、その名の通り鰯を干したもので、肥料などに使用されました)

DSC00735A.jpg

階段を昇ると境内へ。画像では分かりにくいですが、屋根の左側に大黒天、右側に
恵比寿の飾り瓦がのっています。

DSC00736A.jpg

東浦賀町にいくつかある井戸の1つ。残念ながら飲むことはできません。(飲めそうですけど…)

DSC00738A.jpg

東林寺にやってきました。山号は浦賀山立像院。浄土宗のこのお寺には阿弥陀三尊像が
安置されており、横須賀市の文化財にも指定されています。また、墓地には浦賀奉行所与力の
中島三郎助とその子どもの墓があります。

DSC00739A.jpg

東林寺手前の路上脇にも井戸がありました。災害用と書かれており、こちらも飲用は
できないようです。私はまだ井戸で水を出した経験がないので、1度試してみたいものです。
(実は、後に地図を見たら、ここに来るまでに顕正寺と専福寺があったんですけど、
下調べなしで出掛けたために通り過ぎしまいました…いい加減な性格がよく現われているな?(笑))

DSC00741A.jpg

東叶神社です。明神山という裏山もあり、敷地はかなり広いようです。中央の
拝殿の横に、山の方に続く階段があったので、昇って良いのかどうか確認するため
社務所を訪ねると、中からおばちゃんが。昇ってもよいとのことで許可を頂きました。
ちなみに、最初にある階段(坂)には「恵仁志坂(えにしざか)」。その奥の階段(坂)には
「産霊坂(むすびざか)」と言う名が付いているとのこと。由来も聞いたと思うのですが、
1年経ったら忘れてしまいました(^^)ゞ おばちゃんゴメンネ…

DSC00764A.jpg

社務所横にある身代わり弁天社。海難などの難事の際、弁天様が身代わりとなって人々を
救うと言われています。弁天様のお守りは社務所で売られているようです。

DSC00765A.jpg

弁天社の奥には、勝海舟も使用したと言われる井戸がありました。もう枯れて
しまっているようですが、スゴイですね?。(おばちゃんに案内して頂きました)

DSC00745A.jpg

恵仁志坂です。う?ん、なかなか昇り甲斐のある階段で(笑)。100段位はあるかな…。
階段はこれだけと思っていたんですが…

DSC00749A.jpg

おお!お次の階段がありましたか?。これが産霊坂らしい。2つあわせて200段以上は
あるぞ?(笑)。しかもこの日は天気が悪く、しまいには霧雨が降る始末。普段の行いが
悪いってことか…。
足元が滑りやすくなっていたので、コケないことを祈りつつ山頂へ。

DSC00753A.jpg

山頂について最初に目に入ったのが「勝海舟の断食跡」。咸臨丸での航海の無事を祈り、
この地で断食をしたところ。右側にあるのは東照宮。

DSC00760A.jpg

奥宮と呼ばれる本殿。1度火災で焼失し、現在の本殿は1981年(昭和56年)に
再建されたものです。

DSC00755A.jpg

殉職者招魂塔。浦賀ドックで殉職した人の慰霊塔で、307柱の御霊が祭られています。

DSC00759A.jpg

浦賀城址。浦賀にも城があったとは…。看板の説明によると、小田原北条氏(後北条氏)
が三浦半島を支配していた頃、房総里見氏からの攻撃に備え、北条氏康が三崎城の
出城として水軍の砦を築いたのだとか。

DSC00757A.jpg

ここからは、でーんと房総半島が見える…はずだけど、天気が悪くて雲しか見えない(笑)
右手には燈明堂が見えるらしいけど、草木が生い茂って見えん!おばちゃんに聞いた
話では、数日後に、9月に行われる例大祭に向けて草刈が行われるとのこと。来た時期も
悪かったってことかぁ…(泣)
ちなみに、この山は全体が社叢林(しゃそうりん)として県の天然記念物に指定されています。

DSC00766A.jpg

神社前から見た対岸の西浦賀町。正面に見える建物が浦賀病院。裏手は愛宕山。
開発ですっかり姿が変わってしまいました…

DSC00769A.jpg

徳田屋跡。浦賀の旅籠の草分けとも言われ、松下村塾の塾頭である吉田松陰と、思想家の
佐久間象山が議論を交わした場所です。
私は何か建物でもあるのかと思い、必死に探してしまいました(笑)。近くにいた住民に
尋ねると、「これです」のひと言。目の前にあった…しかも看板だけ。よく考えれば
「跡」だから建物なんてある訳がないのに…私はなんてめでたいんだ?(爆)

DSC00770A.jpg

浦賀の渡し船(渡船場)の東浦賀側。ここから愛宕丸に乗船して、対岸への西浦賀町へは
わずか2?3分程の距離。

DSC00773A.jpg

浦賀ドックの方を見てみると、ちょうど撤去された最後の大型クレーンが運び出されようと
していたところでした。かつてはこの方向にいくつものクレーンがありましたが…

東浦賀には、他にも八雲神社、乗誓寺、法幢寺などがあり、機会を見て全て回ってみたいと
思います(^^)ゞ

それにしても、ブログっていい勉強になりますね?。何だか調べ学習をやってるみたいです。
他の方のブログを見て学ぶこともあるけど、自分で実際に街を歩き、調べることで、今まで
知らなかったことがどんどん身についていくのですから…。
あ、でも忘れちゃったらそれまでか?(笑)
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コメント
--
浦賀って未開拓なんですねぇ~。私は。
浦賀といえばドック。
後は、東、西叶神社でしょうか。浦賀湾の対岸に互いに神社があるんですよねぇ。

電車だと、堀の内で乗換えなのでなかなか行けずです。
今度暇見て散策して来ようかなぁ~。浦賀の渡しにも乗ってみたいです。
由緒正しき神社が沢山あるんですねぇ~、まだまだしらない所ばかりです。

確か西叶神社の方にアフタヌーンティーを楽しむお店「アカンサス」があったと思います。
一度行って見たいお店ですが、予約しないとスコーンとかサンドウィッチ食べれなかったような気がします。マダァ~ム気分味わってみたいですね。(笑)

コンサバティと言う、洒落た建物の中で紅茶を楽しむらしいですわ。
2006/11/08 10:24  | URL | Y.K #-[ 編集] |  ▲ top

-Y.Kさんへ-
ありがとうございます(^O^)ノノ
アカンサスは東浦賀町の法憧寺のそばにあります。
(ホームページURL)
http://homepage2.nifty.com/tea-acanthus/index.htm
↑コピペして見てください。お手数でゴメンナサイ…
予約は4人から。1人3500円とのこと。
どっひゃ~これは確かにマダム向けですね~
2006/11/08 16:08  | URL | よいとこ管理人 #-[ 編集] |  ▲ top

--
東叶神社、私が行った時には弁天社や井戸の存在に気づきませんでした(^_^;)
やはりちゃんと声をかけて案内していただくのが一番ですね♪
また行きたいです。TBさせてもらいました。宜しくお願いします。
2006/11/09 09:31  | URL | TETSU #-[ 編集] |  ▲ top

-TETSUさんへ-
ありがとうございます(^O^)ノノ
東叶神社の社務所のおばちゃんは
とても優しい方ですよ~
またぜひ行ってみてください。
私が行った日は天気が悪く、霧雨まで降って…(泣)
昼間なのに暗くて、ちょっと怖かったです(笑)
2006/11/09 18:31  | URL | よいとこ管理人 #-[ 編集] |  ▲ top


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